山陰観光ガイド

商都米子・町の移り変わり



江戸中期から明治・大正にかけては、米子港を中心として海運業が盛んになされ、北前船なども立ち寄って、加茂川は運送路となって艀が往来し、川沿いに蔵が建ち並び、後藤家や鹿島家などの豪商の屋敷が集中して、港に近い下町は「商都・米子」の顔となりました。大正から昭和にかけて鉄道が敷設され、物流の拠点は米子駅の周辺へと移り、港から駅前へ長いアーケード商店街が形成されました。やがて昭和三十年頃からは高度経済成長の波に乗ってモータリゼーションが発達するとともに、商業地は次第に郊外へと広がってきました。


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3086
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